混沌と秩序より生まれしモノ
三連休です。とにかくすることが無いです。で、ふと思うわけです。
「一応、芸術専攻の学校にいるわけだし、たまには芸術らしい芸術に触れてみっか」
そんなわけで、三鷹市美術ギャラリーにて開催中の「怪獣と美術―成田 亨の造形芸術とその後の怪獣美術―」へ行ってまいりました(結局自分の趣味かい)。
ウルトラシリーズを隅々まで愛している方々ならご存知の人物、成田 亨氏や高山良策氏らの作品の一部の展覧会なんですが、行って損はありませんでした。
館内は、いかにも「芸術作品を見に来ました」という感じの年配の方から「怪獣の絵を見に来ました」な感じの親子連れまで、幅広い世代の人が来ていました。子供なんかには怖がってる子もいたり…なんか、その気持ちわかるなぁ(私も、幼い頃偶然見た成田氏のデザイン稿を見て「怖い怪獣の絵だなぁ」なんて思ったことがありました)…まぁ、怪獣の他にも小さな子供には理解しがたい(つっても私自身も理解しきっていませんが)成田氏や高山氏のオリジナル作品、原口氏の手による大魔神のスタチューなんかもありましたからね(そう言えば、自由に触れる「怪獣の肌」なるものが展示されていたのですが、なかなか心地のいい手触りでした)。
展示されていたものは、ウルトラ怪獣の大御所バルタン星人やレッドキングなどのデザイン稿に加え、知る人ぞ知るマイナー作品「円盤戦争バンキッド(私も一、二度見たことがあったんですが、もう5年以上も前の話なのでさっぱり…)」や、いわゆるライブステージの模様を放送するという意外性を持ちながらも、仮面ライダーの裏番組故にその影に隠れてしまった伝説の特撮番組「突撃!ヒューマン!!」の敵キャラクターやヒーローのデザイン稿の他に、科学や経済の力に溺れた人類の滅亡した姿を映し出した彫刻「翼を持った人間の化石」や、龍や麒麟、四聖獣(青龍、朱雀、白虎、玄武)と言った古来より伝わる獣の画などでした。勿論、先述の通り成田氏の作品だけではなく、主に成田氏のデザインした怪獣の着ぐるみ造形を手がけた高山良策氏が製作した「快傑ライオン丸」に登場するヒーロー、ライオン丸の顔の原型や、「スペクトルマン」にコンピューター怪獣として登場した氏の彫刻「かなぶんおやぶん」、池谷仙克(のりよし)氏の手による「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」の怪獣のデザイン稿、そして、原口智生氏による「ウルトラマンメビウス」版のグドンの頭などもありました。
そんな魅力的な絵画や彫刻が溢れかえる中に混じって、成田氏が生前の90年代に書いた文章が記載されていました(一部省略してあります。ご了承下さい)。
――私は、人間は進歩しないものだと思っています。進歩しないで変化してゆくものだと思っています。食を求める為に働き、恋に喜び、失恋に泣き、友と語り、嫌な奴と働きながら、一人一人は成長してゆきますが、人類そのものはメソポタミアの文化開化以来同じことをくり返しています。
しかし科学は進歩します、日進月歩。昨日のものは無価値です。科学技術の進歩は生活を変えます。革新的な技術の発達の中で、人間は人間全体の発達進歩だと錯覚して、ボケてゆくのです。営々として生きる本来の人間の姿を忘れてゆくのです。
哲学は鳴りをひそめ、主教も静まり、コンクリートとガラス状の現代建築に追い出された彫刻はディスプレイ化し、絵画はデザイン化して、生存の場を確保しています。
映画は極めて芸術性の高い、総合的な芸術的作品ですが、純粋芸術ではありません。興行と云う利益の収得を目的にして製作され、技術の進歩によっても作品の質が変わるからです。
S・F・X(特撮)は特に技術面を重視した映像作業です。それは不可能だと思われる事を再現するのですから当然です。
(中略)
後年、それ以後の怪獣、宇宙人のデザインにいいのが現れないのはどうしてだろうとよく聞かされました。
私は「それはデザイナーがデザインするからだ」と答えます。
画家や彫刻家は美術学校で学びますが、その勉強は自己発見の為の自分との闘いです。形と云うものの厳しさを知れば知る程、人間の根元から考え直したりして、兎に角、本質に迫ろうとします。
デザイナーも美術学校で学びますが、根本から違うのです。デザイナーは産業の為に存在するのですから、自己探求よりも他者の目が気になり、他者に好かれるものを求めます。
本質的にものを考えないから焦点がボケて、形の厳しさを知らないから、何でもふやして、ウルトラマンに角を生やしたりするのです。
(中略)
人類は本当の宇宙時代に突入して行くでしょう。スペースコロニーが宇宙空間に浮かぶのも、そんなに遠い未来ではなさそうです。 S・F・Xが本当に活躍できるのはこれからでしょう。その為には、技術に溺れる以前に、金儲け以前に、宇宙人としての人類とか、人間愛を含めた宇宙愛とかの理念。この妄想が生まれて来なければならないでしょう。表面だけの軽薄なセリフではない、本当の真理を求める姿勢が必要でしょう。
アインシュタインとマルクスに始まった20世紀も終りに近く、人類はもう一度、コスモスを求めて旅立たなければならないような気がします。――
「人間は進歩するのではなく、変化してゆくもの」、「本質的にものを考えないから焦点がボケて、形の厳しさを知らないから、何でもふやして、ウルトラマンに角を生やしたりする」…何とも重みのある言葉だと思いませんか。今回の展示会に行って、僅かではありますが、また一つ、ものの見方が変わった気がします。 本質的にものを考えること。形の厳しさを知ること。そして、己を見つけ出すこと。その先に、人の本質が見えてくる…。
興味のある方は、行けるのであれば行くことをオススメします。私同様、ものの見方が変わるかもしれませんよ。
…それにしても、図録、欲しかったなぁ(価格2000円に対して所持金1000円。ポストカードも完売…泣)。今度、画集でも探してみるかな。


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